第四回は将棋班のイベントに協力して下さっている
高野秀行先生にお話をお伺いいたしました。

プロフィール
高野 秀行 (たかの ひでゆき)
1972年6月15日生まれ
神奈川県出身
師匠 中原 誠 十六世名人
・主な成績
竜王戦5組
順位戦 C級1組
2003年10月21日、通算100勝を達成
昇段履歴
1984年 6級
1991年 初段
1998年 四段
2003年 五段
著書
これにて良し? 四間飛車vs急戦定跡再点検(毎日コミュニケーションズ)
これで簡単形勢判断(毎日コミュニケーションズ)

-将棋はいつの時代から始まったのでしょうか?
もともとは、インドのチャトランガというすごろくからはじまったと
いわれています。これが、4人制なのか2人制なのか、諸説ありますが、
それが起源になっています。サイコロをふってすごろくのようにする。
サイコロが駒のような役割もありました。
それが、いわゆるシルクロードを通って、西(ヨーロッパの方)に伝わると、
それがチェスになり、東(中国や東南アジアの国々)の方に伝わると、
将棋になったといわれています。

お隣の韓国や中国にも韓国将棋、中国将棋というものもあります。
 

-高野先生が将棋を始められたのはいつからですか?
ボクは7歳です。きっかけとしては、同級生で出来る子がいて、
その子と仲がよかったので、やり始めました。

-両親とは将棋はやらなかったのですか?
父親が少しできるくらいでしたね。あんまり強くはなかったです。(笑)

-高野さんは小学生の頃からずっと始められて、
もう将棋ばっかりの生活をやられていたのですか?

いや、そうでもなかったですねー。特にボクはそんなに
目立った(強かった)方ではなかったですし、高校生ぐらいのときには、
辞めて大学に行こうと思っていました。ちゃんとやりはじめたのは、
高校を卒業してからですね。今もトッププレイヤーである、
森下9段、島9段というお二人がいらっしゃるのですが、
そのお二人とは家が近く、教えていただく機会が多くなり、
「やっぱりトップはこういうものなのか」と思いまして。
それからですね、本当に勉強したのは。

-17~18歳ぐらいから?
18歳から、、そうですね、一番気合が入ったのは、
22~23歳くらいまでの数年間でした。一人暮らしを始めたのが
21歳の終わりぐらいだったかな。それから棋士になって2年目ぐらい、
27歳くらいまで、ボクテレビなかったんですよ。当時住んでいた部屋には。
一番びっくりしたのは当時「踊る大捜査線」というのが流行っていて、
それが映画になって、みんなが映画館に並んで観るほど、人気でした。
当時の彼女が見ようよと誘ってきて、しかし私はまったく知らなかったので、
「え!?なんでこんなの見に行くの!?」と。(笑)
テレビがなかったから、わからなかったのですよね。
なんでこんなのに大騒ぎしているのだろうって。(笑)

-一人暮らしを始めてからは、将棋ばっかりでした?
相当やっていましたね。もう時間を区切って。一日どんなことがあっても、
最低8時間は盤の前に座るようにしていました。

-8時間!最高8時間ということですか?
最低8時間です。最低でも8時間。3時間-2時間-3時間などでやったり、
最低絶対、どんなことをしてもやっていました。

-その生活はどれくらい続いたのですか?
3年くらいはちゃんと続けて、
結果、自分でもものすごく強くなったと実感できました。
もっと早くやっときゃ...と思いました(笑)

-なぜ、そんなに頑張ることが出来たのでしょうか?
お二人の先生の影響もありましたか?
それもありますし、高校を出て、大学行かなかったですからね。
これでやってかなきゃいけないわけですから、
根性入ったというのもあります。

-将棋を続けるには、やはり楽しみながら続けるというのは大事なことですか?
そうですね、最初の内はいやいやだと続かないですからね。
いやいややらされてしまうと、やっぱり一定のレベル、まぁあの、
才能があれば奨励会に入ってある程度のレベルまではいくのですが、
そこからピタ!っと止まっちゃいます。それからは自分でやるしかないし、
誰も教えてくれないし。多少は教えてはくれますが、
本当にそれからは自分でやるしかない。やらされていたら続かない、
あるときからピッタリダメになっちゃいます。

-良い先生との出会いというのもかなり重要ですか?
重要だと思います。あとは、年、実力が同じくらいのライバル。
そういうものは大事です。将棋でいうと、
自分よりちょっと上手い人とやると強くなるといいます。
あまり強すぎる相手だと相手の方もつまらないし。

-自分の尊敬する大先生に出会い、
その人の真似をしていったりもするのですか?

そうですね。小さいうちだったら、問題をいっぱい解くとか、
あとは例えば、羽生さんの棋譜をずっと並べるとか。そうすると、
そこで手が自然とそういうのを覚えていくので、
そのぐらいの子だったらいいかもしれない。

-小学校の時点で、なんというか、もうプロになるのは
諦めた方がいいよという判断は、できるような子もいますか?
ええとですね、本当のことを言いますと、これは子どもたちの夢を
奪ってはいけないのですが、ボクはその子のために言っています。

-それはどういうところで・・・?
ダメなものはダメです。

-どういうタイプがダメだったりするのですか?
そうですね、今の段階でわかりやすくいうと、野球のピッチャーで、
小学生からスライダーを投げているような子はダメです。

-あー!そういう子がいるわけですね。
いっぱいいます。
で、強いから勝っちゃうんですよ、ある程度は。
本筋を地道に行かないとダメなのですね
ええ。あとは、本人が好きではなくて、親にやらされている場合はダメです。
ただ、あーこの子は、頑張ってなれないことはないかもしれないけど、
やっぱり1軍ではレギュラーは取れないだろうなという子もいて...
まぁ可能性も否定できないですし、私ぐらいでしたらなんとかなるかも
しれないですけど、できれば勉強と平行してやられたほうが
よろしいのではないですか。とお伝えします。
逆に、ものすごく強い子、強くなる子はプロの目から見ればわかるんですよ。
これは黙っていても、このあと松坂みたいになるなという子はいます。

-はっきり言われるんですね...。
将棋だけやってしまって、大学に行かず、
結果モノにならず、じゃあ大学の勉強...
じゃあしょうがないですから。もうはっきり(伝えます)。
プロに憧れるというレベルで、プロを目指すのは・・
憧れだけでプロを目指すのは、ダメだと思います。
なれる数が多ければ、そういう生き方ってあると思いますが、
今は年間4人しか棋士になれないし、実力もみな高いですから。

-将棋というのは、“時の運”というのはありますか?
たまーに、そういうことがあるといいますが、ほとんどないです。
力、実力がよく反映されると思います。だから、自分の実力が
毎回出せるように、毎回自分を持っていくというのが大事だと思います。

-精神的な部分がすごく大事ということですか?
そうですね。あとは、風邪を引かないなどの、体調管理も大事です。
 
-勝負を分けるのはどんな部分でしょうか?気持ちの部分?

基本的には技術だと思っています。

-最後に将棋をされる方々にメッセージをお願いします。
是非、楽しんで将棋をやってもらいたいと言うこと。
何が楽しいかというと、やっぱり“考える”ということだと思います。
自分が指す1手を考える、これだけでもいいけど、
この1手を指したときに相手がどうするかも考えて欲しいです。
それに対して、また私はこう指すと考える。
このことを三手の読みといいますが、これができると、
将棋をもっと楽しめるんですよ。
人間関係もそうですよね。自分が一方的に言うのではなく、
自分の行動に対して相手が返事をし、それに対してこう返す。
という相手とのやりとりの方が楽しいでしょ?
同じようなことが、将棋にもあるので、
少しそういうことを考えてやると楽しくできると思います。

【インタビュー後記】
確かな経験に裏づかれたお答えの数々から、高野五段の将棋に対する信念、
自信というものが感じられました。30分を超えるインタビュー、
そしてそれだけでは足りず、場所を移してもう一度インタビューに
応えていただいた高野五段に、改めて御礼を申し上げます。
インタビューの初めは私自身緊張しましたが、高野五段がとても気さくな方で、
楽しく充実したインタビューとなりました。
 
日本将棋連盟の高野 秀行様にインタビューいたしました。

投稿ナビゲーション


%d人のブロガーが「いいね」をつけました。