4年間東北に通い詰めた結果知った。東北の方が口をそろえて訴えた言葉とは?

私は多摩大学に通う大学4年生。この活動を通じて、4年間東北に足を運んだ、東北を訪れた回数は20回を超える。その中で100名を超える方々との交流を行った。交流する中で、涙する人、話している途中で言葉が出なくなってしまう人、様々な人と出会った。
多くの出会いがある中で、ほとんどの人が口をそろえて訴えてきたことは「東北に足を運んでほしい」という事だった。

陸前高田市にある寿司屋の大将から聞いた「伝えたい想い」

私は今回、大学3年生の夏に岩手県の陸前高田市で出会った仮設商店街の「鶴亀鮨」というお寿司屋さんの大将とのお話から感じたことを綴りたいと思う。
大将は東京から来た我々に「震災発生時」と「今の想い」
この2つを目頭を赤くし、声を震わせながらも伝えてくれた。

像もできない大将のお話に私は胸をギュッと締め付けられた

大将は震災発生時のお話をしてくださった。
「地震が起こった瞬間、空から地響きのような大きな音が聞こえた。しかし、陸前高田のみんなはそれを覚えていない。なぜ覚えていないのか。それは、津波によって家族を探すことや、生活をする事に必死になっていたからだ。津波によっていつも生活していた風景は変わり果て、はぐれてしまった家族全員が出会うのは時間がかかった。一週間程経つと家族を探していた人は諦め、遺体安置所に行き家族を探す。しかし、遺体は無残にも原型をとどめていないものが多く、確認することも困難だった。」

想像もできない大将のお話に私は胸をギュッと締め付けられた。東日本大震災に関する本やテレビをたくさん読んで見てきたが、どんな話よりも衝撃を受けた。それと同時に自分に対して苛立ちを覚えた。自分は本気で東北に向き合っているのか。生半可な気持ちで活動しているのではないか。何度も自問自答を繰り返した。

鶴亀鮨でお話を聞き和紙にメッセージを書いていただいた際の集合写真:右下が大将

大将が教えてくれた「うったづぞ」の意味と想い

最後に大将は今の想いを話してくださった。大将は一言「うったづぞ」と我々に言った。「立ち上がるぞ」という意味を持ち、大将は我々にこの言葉について話してくださった。

どんな状態であっても誰かが立ち上がり一歩一歩進んでいかなきゃいけない。だからこそたくさんの人に東北に足を運んで全身で感じて欲しいんだ、と言い赤くなった目をこすり最後に笑いかけてくれた。

今の私に何ができるのか、今この文章を書きながらも考え、考え、考え続けているが本当の答えは見つからない。しかし、常に東北と向き合い、様々な手段で発信し、繋がり続けていくことは間違いではないと思う。

4年  石橋 (男性)

東北3県125市町村、約2,500人の想いを灯す。
和紙キャンドルの幻想的な空間で、
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