3.11から7年。被災地の声はどこに届いているのか。

東日本大震災が起きてから5年が経過した2016年3月11日、私は初めて被災地に足を運びました。
被災地の現状を全く知らない私は、特に何も考えず先輩方について行き、
最初に案内されたのは、宮城県石巻市立大川小学校です。
そこには、非現実的な現実が確かにありました。当時の衝撃は、一生忘れません。

3.11直後といまの報道量の違い

東北の方との交流の中で、3.11に対する様々な想いを伺いました。
「忘れないでほしい」「もう、その話はしたくない」「忘れたくても忘れられない」と、声は様々です。
東日本大震災から約6年が経過し、東京では3.11についての報道は多いとは言えません。
それは、6年が経過した今だからではなく、1年、2年が経過したころから格段に報道量が減っていると感じます。
しかし、東北でテレビを見ると、3.11についての報道はまだまだ多くあります。
正解はないことかもしれませんが、被災者の声はどこに届いているのか?
この活動をしているとよく考えさせられます。

福島県浪江町を訪問。現地でしか感じられないもの。

2017年3月31日、福島県浪江町の避難指示が一部解除されたため、翌日、プロジェクトメンバーと車で浪江町に足を運びました。
町に帰ってきた方にお話を聞かせていただければと考えていましたが、
浪江町に人の姿はなく、車を降りて人を探すことにしました。
しかし、車から降りると、浪江町はピタッと時間が止まっているようで、
信じられないほどの静けさに頭が真っ白になり、私はそこに立ち尽くすばかりでした。


目的を果たすことは出来ませんでしたが、地震の恐ろしさと、今ある生活に幸せを強く感じた瞬間です。

 

東北の方々の想いを伝えつなぐ

私たちの活動は、ボランティアとは違います。東北の方々の声を伝え続け、東北の今を知ってほしい。そんな想いで活動をしています。3.11から7年が経過した今、東北の方々との交流で1番耳にするのは「東北にきてほしい」という声です。被災者が「報道量が年々減少していく」と仰っている中、少しでも多くの人に東北に足を運んでいただくために、今日も私は活動しています。

3年竹野りか子

東北3県125市町村、約2,500人の想いを灯す。
和紙キャンドルの幻想的な空間で、
東北の今を感じてみませんか?

「いま」をもっと伝えるために、まだまだ東北を訪問します。
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